歩けない帰り道
2026-05-20
暗い話なので、好かない方はそっと閉じて下さい。
小学3年生のときだったと思う、とても覚えている。
何もしたくなかった。
生きているのが面倒くさかった。歩くのも、立つのも、座っているのも、息をするのも、死ぬのも、とにかく面倒くさかった。
自分が生きている意味を考えたけれど、何もなかった。
何もせずに、消えてしまいたかった。人生の意味があってたまるかと思った。
小学校の校舎の枯れた黄色の壁に反射する光すら眩しかった。
もともとは、人より歩くのが速く、誰とも群れない性格だったので、前に人がいるのがストレスで、ずっと走って下校していた。
けれどもそのときは、とてもとぼとぼ歩いていた。誰よりも遅く、地面の柄が移り変わっていくのを、ただぼおっと見ていた。
足を交互に前に出すと、身体が前に進む。それをずっと、ほぼ永遠に、ゆっくりと繰り返すと、いつかは家に着く。
こうして帰っている時間は嫌だったが、それと同じくらい家に着くことも嫌だった。
本当は、学校が一番嫌だったのかもしれない。わからない、私にとって学校は、行くべきものであって、好き嫌いの対象ではないし、行かないという選択肢はなかった。
数年前にも同じように歩いて帰ったことがある。
私が転換性障害にかかる、大きなきっかけとなる出来事の日の帰り道。
学祭の1日目の帰り道で、6月かそこらの、日差しの眩しい日だった。
熱さや日焼けなんてどうでも良いと本気で思った。
首筋の後ろに照りつける太陽が鬱陶しかったが、日陰に入る気力もなかった。
数メートル先の木陰が、たどり着けない絶壁の先にあるようだった。
だから、小学3年生の頃の私は、実は鬱状態だったんじゃないかなと思った。
それがどうこうなる話ではないけれど、まあ、備忘録みたいな感じで書いた。
誰も幸せにならない文章でごめんなさい。優しく殺してね。