一人演劇
2026/03/28
中学生の頃、懇談会というものがあった。
学校に親が来て、担任の先生と子供とその親の3者が集まって、教室で話をするというもの。 授業が昼までで、それからその日に懇談がある人は、部活動を途中で抜けてきたり、廊下で座って待っていたりする。 私はコンピューター部という文化部に行っていて、部活動がない日に懇談があると、一度家に帰るか、がらんとした廊下の隅で座っているかだった。 そういう事情で私は、偶に同級生の親子が通る廊下の奥の方に座っていた。
そこに人が来た。彼も待ち時間をだったのだろう。それを訊くほどの仲でもなかった。
とにかく暇であった。「なんか一発芸してよ」みたいなことを言われて、無茶振りだなぁと思いながらも割とすんなりと立ち上がったと思う。
その頃の一発芸でいうと、調べた感じひょっこりはんという人がブレイクした感じらしい。私は覚えがないし、そういう芸を嗜めない人間だったから、真似をするつもりもなかった。
そこで私が選んだのが、彼に「一人演劇」と呼ばれたスタイルだった。私の発明だと言うつもりは毛頭ない。登場人物は二人くらいだった。 最初の方は「それどっち?」と聞かれたりしたが、立ち位置を変えたりして対処していた。 漫才のように二人の会話でボケとツッコミが基本なのだけれども、それぞれの役割が明確な訳ではなくて、どっちもボケる。必ずツッコむ訳でもなかった。
話の大筋は覚えていない。 片方が急に踊りだし、それに対抗するように二人とも踊りだして、人の区別がぐちゃぐちゃになる描写をした記憶がある。
こんなことを言うのもおこがましいが、今思えば、バカリズムさんのスタイルに近いのだろうか。 登場人物の境界が曖昧になる、一人演劇ならでわの表現があるし、それが狂気の融合というのがいかにも私らしい。
小学生向けに音楽演奏会をうちのクラスが選ばれて、その前座に演劇をやるというから、一人演劇ですっかり自信のついた私は、その台本に立候補した。 それで「こんな難しい(高度な)台本は小学生にはわからない」と言われて、自分の面白いと思うものは少数派だと気づいたのは、また別のお話。
そんなことを実家のリビングでR1グランプリを流し見しながら思っていました。 ピン芸人とは言いつつ、録音テープとの掛け合いだったり、カラネタのコントみたいな芸人さんが多かった。 母は「一人でコントをしてるだけ」だと悲しげに言いました。 私は、それと一人演劇との差がわからなくてしばらく考えていましたが、一人ならでわの表現や面白さの有無なのかなと。
音楽ライブと演劇を混ぜてるアーティストの方もいらっしゃるので、曲を書くために書いた小説を使ってライブの演出に組み込むみたいなのもいつかやってみたい。 まあ、ライブをできるほど私のアートワークが認められる日が来るのかは非常に疑問だし、なんなら、死後に評価されるくらいがカフカみたいで良いなとも思ったり。