たまごサンド
2025/11/24
まえがき
これは,単なる取るに足らない実話です.
本文
母と従姉妹と伯母さんと,4人で瀬戸内芸術祭の終わりかけに豊島を見に行った帰りだった.久々に母とゆっくりと話す機会にもなったし,いくらか素晴らしい作品にも出会えた.
私が母方の祖父母宅から下宿に帰るとき,母とともに出発し,昼ご飯のためにマルナカと云うスーパーマーケットでたまごサンドとほうじ茶を買ってもらった.
倉敷駅までの電車の中で,私と母は,商業化しすぎたブランドたちのへ,半ば嘆のような,話をしていたと思う.
私だけが電車を降りるとき,不安そうというか,心配そうな表情を見せないように,常に後ろで背中を押していられるような笑顔で手を振った.そんな笑顔でありたかった.
電車は高梁川を遡っていく.海は遠くなり,眼前に谷崖が迫ってくる.
やがて電車は終着駅に着いた.姫新線と芸備線への分岐となる駅.
電車は折り返して行ってしまい,風のない寒空の下で,太陽が暖かく照らす静寂があった.
私は待合室に入り,鞄から件のたまごサンドを取り出した.
「たっぷりたまごサンド」と印字してあるビニールに包まれていて,鞄に入れていたせいで少々潰れていた.
表示の通りにビニール袋を開けると,ビニールにベッタリと卵が付いていた.
流石のたっぷり具合に驚きつつも,割と丁寧に扱っていたのにという残念な気持ちもあった.
自家の中なら,これを余すことなく舐め取って,しまおうというくらいに勿体ないのだけど,待合室にはあと2人ほど疎らに居る.
私はたまごサンドを手にとって,端の方をかじった.端まで具があって,食パンとたまごの味がした.真ん中の方のたまごが溢れそうになった.
反対側の端もかじった.もっと溢れそうになった.だから私は,溢れそうになっているところを食べた.食パンの混じりのない,純粋なるたまごソースの味.
きっと添加物が加わっているからたまごだけを混ぜて火を通してもこんな味にはならないとは思うのだけど,たまごソースとして一種完成された味を感じた.鶏肉味でない唐揚げ味の唐揚げほどしつこくなくて,好感をもっただけという話かもしれないが.
電車が来るまでまだ30分近くある.私はハットとコートを着た背中に太陽の光を浴びながら,一口づつたまごサンドを食した.
口が渇いた気がしたので,ほうじ茶も開けた.これと一緒に鞄に入れていたから,たまごサンドが崩れたのかもしれないとも思った.
冷えていない程度で,煎れたばかりの香りは漂わない,ほうじ茶を一口飲んで,たまごサンドをかじる.普段の自分だったら,イヤホンをつけて曲を聞いていたかもしれないが,私は今の静寂が心地よかった.